適職と天職
社会教育コンサルタント 張 琴(ちょう こと)
2005/06/12wrote
2005/07/04 on site
これは僕の親友であり、尊敬する人、張琴さんが書いてくれたもの。
実はこれ、8月に出版する僕のエントリーシート本に掲載するのだけど、
とても1ページは収まらなくて全文掲載できず、編集(部分カット)して掲載することになった。
しかし元の原稿があまりにも楽しく、わかりやすく、しかも本質的なメッセージなので、
ご本人の了解を「ケーキ奢る!」で得て、元の原稿を全文掲載させてもらうことにした。
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「あなたに似合う服の色は何?」て訊かれたら君はどう答える?
「今は黄色だけど、5年後には青が似合うんだ」なんて、きっと誰も答えないだろう。
自分に似合う色は、過去に似合ったものの中からしか選べない。
だからこれから先、何色が似合うなんて断定できるはずもない。
ただし、「青色が似合う人っていいなあ」とか、 「青色の似合う人になりたいなあ」とか、
「せめてネクタイだけでも青にしよう」ということはある。
同じように、「あなたに向いている仕事は?」と訊かれたら
「私は○○がむいている」なんて断定できるはずがない。
だから、「今は○○がむいているとしか言いようがない」のほうか納得がいく。
「○○がむいている。間違いない!」なんてどうにもおかしい。
結局のところ、自分に一番向いている仕事とは、
いろんな仕事を経験した後ふりかえってみてはじめて言えることであって、
やる前から予言することなど、まさに神業だ。
ましてや仕事は、事務なら事務それのみというわけではなく、
上司や周囲との人間関係、顧客との電話での折衝、
ファイリングの整理やコンピュータ処理、内部調整や会議のサポートなど
予期せぬさまざまな事態が待ち受けている。
どんな人間関係(相性)で、どんな書類を、どんなふうに処理するかなんて、
入社しないとわからないことだらけ。
入社して「こんなはずでは…」「僕にはむいていない」という人は
このような不測の事態に対応できない自分のあさはかさに気づき、
その場からそそくそと逃げ去っていくのだ(つまり辞めていく)。
もちろん、やってみて初めて自分のやりたいことが見つかって、
さっさとその道に進む人もいる。
しかし、どんなスポーツ選手でも(あのイチローでさえも)、
一度や二度ならず何度もスランプやってくる。
そこを踏ん張って乗り越えた者だけが手に入れるもの、それが「適職」だと私は思う。
J2リーグで年収200万の選手も、バイトして、あいた時間に練習をしている選手も、
むいているとか、むいていないなんて関係ない。
今、やれることを精一杯やっているではないか。
料理人のノブさんは、
ロバートデニーロにその腕を見込まれてパートナー(共同出資者)となり、
今は世界をまたにかけて日本料理店を展開している。
彼は、日本を旅立つとき、
まさか自分が自家用ジェット機で世界を飛び回るなど
夢にも思ってもみなかったのではないだろうか。
でも、壁にぶち当たりながらも、
プロの料理人として腕を磨いてきたからこそ、ロバートデニーロにほれ込まれたのである。
天職というものは、コンパやお見合いのように、
「いつかきっと出会えるわ」というものではなく、
出会う取り組みをした人にこそ、与わるものだと思う。
だから、自分の向き不向きを、仕事ができない理由にして、
目の前にある仕事に果敢に挑戦しない(言い訳をする)人を見ていると、
「どこ見てんのよ」といいたくなる。まさに「どこ見て仕事してんのよ」である。
このような人に限って、
「君は△△がむいてるね」と誰かから助言してもらってもなかなかそれを素直に受け止めない。
そればかりか、「ヒロシです」と言わんばかりの表情で
「今の仕事にやりがいなんて感じないですぅ」と言う。
考えてみると、「黒が似合いそうですね」とか、
「ストライプが似合うと思うよ」なんていう周囲のことばをきっかけに、
「へ〜っ、そうなんだあ」て、新しい自分を発見することってない?
仕事の向き不向きもよく似ていて、
仕事をしていると周りからいろんな助言を(ほしくもないのに)もらうものだ。
それを嫌だと思うか、挑戦しようと思うかは人によって違うけれど、
私の場合、その仕事の経験者から見てそう思うのだから、
挑戦する価値はあると思い続けてきた。
そのほうが、迷わずに済むし、成長も速い。
もちろん、「ストライプはカッコイイけど、僕は真っ白が好きなんだ」と言えたら、
その人はすばらしいし、何より輝いている。
そういえる人になるために、社会で多くの経験を積んで、自分の天職をみつけてほしい。
「向き」というのは、経験を積んで、自分の殻をムキムキして、脱皮するようなものだから。
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