| MESSAGE | PROFILE | LINK | LIBRARY |
|
![]() PONTA |
私の動機─母が教えてくれたこと─ *私信でポンタに1999/6/28に書いてくれたもの /島根大学 法文学部 法学科 4年生 /藤中 淳子さん 1999.7.5 本田さん こんにちは 覚えていらっしゃいますでしょうか。 島根大学法文学部法学科4回生の 藤中 淳子と申します。 はじめてメールを出した後に、お返事頂いて とってもうれしかったです。 本田さんのページ毎週楽しみに拝見してます。 今日早速更新されたページ(僕の姉貴とM君)を読み 思ったことがあったので、またメールを出させてもらいました。 私は高校一年の冬に大好きだった母を癌でなくしました。 それまでは父がいて母がいて兄がいて…そんな当たり前 だと思っていたことが実はすごく恵まれた環境であるなんて 考えたことがありませんでした。 私は母がいなくなったことはとてもショックだったのですが 私なりに前向きに「絶対大学に合格しよう」と決めて 毎日の家事と勉強にとりくんでいました。 しかし私とは逆に日に日に落ち込み、 涙をこぼすことがふえていく父の姿は私にとって、 マイナスに作用しているとしか感じられませんでした。 そんな父がいやでほとんど親子の会話もなくなってしまい 話せば喧嘩ばかりで毎日「こんな家絶対出ていってやる」 とそればかり思って受験勉強していました。 私の実家と遠い島根大学を選んだのもそれが一番大きかったからです。 母がいないこと、父がそんな状態であることを 周りの人が知ったら私を軽蔑するんじゃないか…それが怖くなってしまい 私は仲のよい友達にさえ母の死を隠すようになっていました。 事実を言えない罪悪感と、 うわべだけの友達づきあいをしているむなしさをいつも感じつつも 本当のことを話す勇気は出ませんでした。 就職活動をはじめて、それが最大の私の中のコンプレックスであり、 人一倍傷つくのを怖がっていたことに気づかされました。 それを気づかせ また、私が大学生活で得たこと、 誰にも負けない誇れるところを発見できたのも、 面接官のおかげだと思っています。 その後、友達に自分の中の見栄とかこわがっていたものを捨てて 本当のことを話したとき、私の友達はみんな自然に「そうだったんだ」 ってわたしを責めることなく受け容れてくれたことがとてもうれしかったです。 そんな簡単なことを なかなか実行する勇気が持てず時間がかかってしまいましたが、 私はそれでよかったと思っています。 母の死がなかったら、島根大学に進学することもきっとなかったし こんな貴重な経験できなかったと思います。 これから自慢の母を超えられるような生き方をしていくつもりです。 私はノエビア化粧品に就職します。 仕事は大変だと聞きますが、 バリバリ仕事をするのが夢なので精一杯がんばろうと思っています。 本田さんもお忙しいと思いますが体に気をつけて またみんなを元気付けるページ作ってくださいね。 それではまた。 藤中 淳子 |