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「勝ち負け」と僕の就職活動
−ポンタ3期メーリングリストに書いたもの−
2003.08.04


From: "KATSUHIRO [PONTA] HONDA"
To: japonta@portnet.ne.jp
Subject: 18年前の夏〜春
Date: Mon, 04 Aug 2003 12:49:03 +0900

本田です。

相変わらず今日も朝まで原稿書くぞぉー、ですな。
とにかくエエ本を仕上げないと、
エントリーシートもらったみんなに顔が上げられないからね。

いいエントリーシートもアカンヤンエントリーシートもあるけど、
どっちもみんな後輩に生きていく。
印刷されて20000部は売れるだろう。
つまりどこかの誰かに届いていく。



さて勝ち負けの話。

かなり長くなると思うで。


僕の名前は本田勝裕。
名前に「勝ち」がある。

でも僕は喘息といじめられっ子で「勝つ」という経験が少なく、
とてもイヤな思いを感じてた。
それも30過ぎてもね。

実際に「克洋」と書いて名刺を作ったこともあったなー。
(洋は僕の死んだ姉貴、賀洋子から取った)

18年前の僕もまた、「負け」を味わっていた。

今とは違って就職協定のおかげ(せい?)で、
就職活動のスタートは遅かった。

大学4年生の夏が本格的なスタートだった。
そして5社受験した。

朝日放送、FM大阪、AM神戸、電通、博報堂

朝日放送で西部警察のロケバイト(ロケ進行部隊)やってたことや、
親父が朝日放送の社長と知り合いだったことから、
僕はテレビ編成局のプロデューサーと、
社長の2人から推薦をもらって受験した。

なのに僕は試験で落ちた。
時事問題中心だったと思う。
一切、就職試験対策の勉強をしてなかった。
(そんな奴が、キャリアコンサルタントとはこれいかに〜!)

8月から12月まで、僕には部活引退から始まった
バーンアウト(燃えつき)な気分をそのまま引きずりながら、
ウダウダとアルバイトをしながら、
ちょろちょろと就職活動をしてたよ。

Mさんが書くように、
この時期に内定が出ないとほんまに気分は苦しい。
僕は「やりたいこと」「できること」が見えなくなり、
自分に自信がなくなり、
ただただ本を濫読しながら、うごめいていた。

そのとき、僕は同時にヨメサンと結婚することを、
どうやって親に理解してもらうのか、
どうやって親の反対を押し切るのか、
それも大きな難関であった。

おまけに姉貴がリンパ腺の悪性腫瘍にかかり、
コバルト治療を受けていた。

コレカラが、
そのスベテが、
あいまいで、不安で所在無く、ドロドロしている自分がいたよ。

そんな12月。
僕はサークル活動を通じて知り合った、
学生援護会のanの編集部の人に相談にいった。

「どっこも行くところがないんです。
 それに結婚もしようと思ってます」
そう打ち明けた僕に、
Fさんはこう言った。
「ウチ来るか?」
最初その意味がわからなくて、
「家に遊びに来るか?」なんて言うのかなーと思った。
(つまり相当ドロドロした脳でイカレテタわけね)

そこから僕の本気の就職活動が始まった。

親父のコネの関係のないところ。
自分で作った、タマタマの知り合いからの話。

そしてその就職試験はけったいなものだった。

『学園祭をマーケット分析せよ』

この課題に、僕は卒論以上の力を入れて
リサーチとレポートと提言を書いた。

2月ごろ、できあがったレポートを提出したのに、
合否の結果は出てこない。

そりゃそうや、Fさんは25歳の平社員。
よく聞くと課長さんも部長さんも、
そんなレポートを試験としてるとは知らなかったらしい。

焦った。
裏切られたとも思った。
また振り出しかーと負けを意識した。

その時にヨメサンの同級生の落語家、露乃団六さんに会った。

「本田君。君は就職してなにがしたいんや」
「え、そうですねー。とりあえずマスコミに入りたいです」

すると団六さんが怒った。
「とりあえずマスコミってなんや〜!
 そんなマスコミどこにあるんじゃ。
 そんなんでどこかに通ると思ってるのか。
 本気やったらバイトからでもやらんかい」

神戸大学で教員免許まで取りながら、
どうしても古典落語がやりたいと、
落語家という職人を選択した人の厳しい教えであった。

くやしかった。
なにも言い返せなかった。

それから僕は黙々と、
学生援護会のan編集部で原稿を書いたり雑用を始めた。
(この本田が黙々とやで〜!)

22歳の2月24日。
僕は持てるだけの荷物を持って実家を出た。
母には悪いと思いながらも、
自分がヨメサンと暮らすことを決断していた。

その決断は、半年間の悩みがウソのように清清しいものだった。

23歳になったのはその翌日。
そしてその日に、僕らは川西市の市役所に婚姻届を提出して、
職員さんに「受理しました。おめでとうございます」と言われた。
それがお金のない僕らの結婚式だった。

学生援護会での仕事はその後も続けていた。

3月の半ば、課長から呼ばれた。
「一応、面接があるから人事部長に会ってきて」
「え、一応って?」
「採用は間違いないんだけどね、会社のルールだから」

多摩美を中退して、古紙回収業から学生援護会に入って、
その後、日刊アルバイトニュースをanにリニューアルし、
デューダやサリダの創刊を手がけたO課長は、
いつもの軽い標準語でそう言った。

本当に形式だけの面接があって、3/23僕は専務の部屋にいた。

専務はその年の新入社員5人の前で、
「石の上にも3年。がんばりなさい」と言った。

本当に就職できるんだ!
本当に仕事ができるんだ!

その喜びの大きさはね、誰にもわかるまい。
苦しみがでかければでかいほど、それが叶った時の喜びは増大する。

やっと勝てた。



ボンボンでアマアマの僕が、
就職活動で成長したという事実がそこにはあった。

でも個性はちっとも変わらずに、
「やってから失敗に気づく」というところも変わらなかった。

その後もドタンバタンと仕事で失敗をしてはO課長に叱られて、
S課長にシカトされて、Fさんに助けてもらってた。

それでもそれでもそれでもね、楽しかった〜!

だって僕にはね、仕事の価値が大きかったから。
負けばかりだったからこそ、勝てた時の喜びは大きい。
それは言葉では表現できない価値だったよ。

それから18年。
そのうち11年を学生援護会で仕事し(3年で辞めずに大きく学べた)、
転職に失敗して挫折して10ヶ月でケツを割り、独立して7年目。

ところがね、こんな僕みたいなアホな奴に毎年出会う。
N君の大学、D大学にもそんな奴がいた。

名前はU君。
毎日放送で確か「ウル●ン滞●記」のディレクターとして活躍してた。

学生時代、彼はどうしても放送局に就職したいと、
1年を留年してトライした。
最終面接では、当時の社長に「どうしてそこまでしたの?」と問われ、
一年間の苦しみを思い出し泣きそうになりながら、
つまる声で彼はこう言ったそうだ。

「長い人生のなかで、かけることがあれば、
少し遠回りをしてもいいと僕は思っています」



そんな思いをした奴だからこそ、
ウル●ンで、人を感動させる旅と修行の番組が作れるのかもしれない。

そんな奴がね、毎年このMLにもあるいは日本中にいる。
ML3期だけではない。
2期にも、1期にもいる。

孤独な戦いを、
しかしそれを乗り越える人間関係を就職活動やMLで形成して、
飛び立っていった。

だから僕には彼らが全員いとおしい。
僕もその仲間に入れてもらったことに感謝もしてる。

18年前、僕にはヨメサンという支えと何人かの社会人の支えがあった。
もちろんクラブの同期11人は大きな支えになってくれた。
U君にも「かけること」という支えがあった。

果たして君にはそんな支えがあるだろうか?
このMLは、そんな支えになっているだろうか?
参っている時にこそ、凹んでいる時にこそ、
相談できる友達がここにはいるのだろうか?

僕はそんな仲間がここで誕生することを希望している。
でもそれを君に押し付けはしない。

なぜなら、この就職活動やMLで人間関係を作るのも作らないのも、
それはすべて、自分が決めることだと、
18年前に僕は学んだから。

就職活動の主語は常に『I』で始まる。
決して『YOU』や『THEY』『WE』ではない。



余談。

僕は学生結婚したのと就職したのがほぼ同時期だった。
結婚式など金がなくてやらないつもりだったのが、
甲南大学の広告研究会の同期11人が、
常連になっていた学生街の喫茶店「机の部屋」で、
手作りの結婚式をしてくれたのは、
卒業式の翌日だっただろうか。

友達手作りのブーケをかぶったヨメサンが、
とても美しかったのを僕は覚えてる。

苦しみは喜びを生み、人を豊かにする苦い薬なのだ。


そんなことを想いながら、勝ち負けをとらえてみてはどうだろう。

これらのことが語れるだけの、
MLを作ってくれている君たちに感謝する。



ほな、またね

いつカンケリすんのぉ〜!
N君のカンをMさんやTさんが蹴りにいく姿がみたいな〜!
ドキドキはワクワクやなー。


★−○−●−○−●−○−●−○−●−○−●−○
   本田勝裕/KATSUHIRO [PONTA] HONDA
         キャリアコンサルタント
          『ポンタの就職ゼミ』
      http://www.portnet.ne.jp/~japonta
               ◆
就活ナビ連載開始『本田勝裕の就活パワーコーチング』
http://www5.shukatsu.jp/
               ◆
VSN『起業家サロン』で元気社長に毎月インタビュー
http://www.vsn.jp/index.html
               ◆
       『ポンタの進学ゼミナール』
     http://www.recruit.co.jp/shingaku
               ◆
      mailto:japonta@portnet.ne.jp
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